クラムア-トは

心が晴れやかになる、しあわせ磨きア-トです。

 

現在、学習院中高等科、宝塚音楽学校入学式で歌い継がれている 金剛石の歌。その歌詞の教えを次代に受け渡していく日本の心みがき体験です。

金剛石の歌の教えは、荒波をくぐりぬけてきた、物云わぬ浜辺の貝たちが教えてくれます。本来は、元々キレイな心も同じ。掃除をしないと曇ります。部屋と同じでキレイにすると気持ちが晴れます。笑顔がふえます。自分もまわりも。

        

歌詞   
 金剛石も磨かずば、珠の光はそはざらん
人も学びてのちにこそ、まことの徳は現はるれ。
時計の針の絶へまなく、めぐるがごとく時のまの
ひかげ惜しみて励みなば、いかなる業(わざ)か成らざらん。
  
    
好きな訳
金剛石(ダイヤモンド)といえども、素材のまま、
磨かなければ光る玉にはならないであろう。
生まれついて優れた才能を持っている人であったとしても、
学問、人間修養を積んだのち初めて、その徳が現れるのである。
  
時計の針は絶え間なく時を刻むが、 その時は再びかえって来ない。
人さまの注目があつまろうと、あつまらざろうと、
学びの時は、わずかな時間も無駄にせず、おのれ一身、専意一心向き合えば、
こころざしに励めば、今はどんなに難しい学問や技芸であっても、
見上げた場所へ到達できないことがあろうか。

 

 

貝のうたは人の通る道の歌。感じてもらえたらうれしいです。

 

貝の歌
誰もいない広く深い海の底。海の上の輝く世界は遠い遠い憧れだった。
たった一人、小さな殻だで生きていた。小さな命を守っていた。
時がすぎ、小さな命は大きな命に姿を変えた。輝く世界にのぼっていった。
ワタシは1人、長い間海の底をさまよった。この身を波に削られた。
あるとき岩にはさまった。こけが殻だをおおっていった。
魚につつかれこけにされ、魚につつかれキレイになれた。
あるとき岩からぬけだせた。波に押されたからだった。
輝く世界に近づいた。だけどそこから遠かった。さえぎったのは荒波だった。
カラシャラ波に削られた。カラシャラキラシャラ洗われた。
あるとき周りは静寂だった。大変だった海の世界がなつかしかった。
キレイなカラだになっていた。光りを通す、金剛貝になっていった。
運んでくれたのは砂たちだった。波にくだかれ散っていった、仲間たちだった。
すべての事に感謝ができた。ワタシもいつか、誰かが歩む砂となろう。
今のキミは、ワタシを手にし磨く時。
ワタシは、磨けば輝くあすのキミ。
いつの日か、誰かを照らす一筋の光りとなるのだ。